やさしさから生まれるもの

古本屋に行くのが好き。

悩んだり、答えが見つからないときには神社か本屋に行くことにしてます。

何かしら、「あ」と思うことがある。

本屋は、大型書店が好きだけれど、古本屋のほうが楽しい。

 

彼氏とケンカになり(ちなみに継続中)、仕事もままならず(転職活動中)、ついでになんだかスッキリしない(なんじゃそら)な先週。

一冊50円で売られていた

 

「やさしさから生まれるもの」という本。

1975年発売(昭和57年!)で、(多分)活版印刷

わお、なんて古い本。

こんなに何十年もたっているのに日焼けもない。きれいなまま。

よほど、大事にされたんでしょうね

 

 

やさしさ、について、考えてた時だった。

やさしいよねと言われることが多いけど、どこか下心があるからではとか

自分に疑いを持ってしまうときってあるとおもう。

(と言ったら、「そんなことないよ、あたしって優しいよね?って旦那に確認するときあるよ」と友人が言ってた。つよい)

やさしさ、は作り出すものだろうか。

息をするようにみんなが必要なくらい出し入れできるものだろうか。

「やさしいだけで結婚はできない」と聞いた。

やさしいのか、ただ甘いのか。

 

その問いに答え出ないけど、でもただ、

やさしい人だと思われたいんだという自分がいることに気づいた。

やさしいはイコールにはならない。正解はない。

やさしくしたい。柔らかな気持ちで、愛情を伝えたい。

 

なんて、ことをぐるっと考えた

 

迷うとき

わたしの人生の経歴はほんの少しだけ変わっている。

ほんの、ほんの少しだけ。

芸能人でもスポーツマンでもないけど、
高校に上がるときに上京した。

大学卒業までの7年を東京と埼玉ですごした。

東京に出るまで、
田舎者だった私には、
たいへんに恐ろしい所へいかなくてはいけない、どうしよう、
という気持ちばかりだった。

私のような人は多くはない。

だけど、決して珍しいことではない。

いじめられるとか、そんなことは、住んでいた所には起因しないと知った。

普通から外れることにとても恐怖感を覚える子供だった。
みんなそうだっただろうか。

だけど、普通の流れとずれてしまうことは、不思議と弱点とはならない。

時々、人生には誰しもそうゆうことがあるとおもう。
自分の思いのよらない流れがあって、流されるしかないときが。

わたしにはそれが、15歳のときだった。

そして次には、22歳のときだった。

自分の居場所は自分では決められないのだ、と思った。

私はいま故郷にいる。

そして7年たった今度は、自分の意思で、この地を出ようと思う。

西の魔女が死んだ 作品集

 

いつ読んだのが最初だったのか、

 

もう覚えていない。

 

たぶん、どこか図書館で出会ったのだ。

 

内容も覚えているのに、

 

どうやら私の本棚にはなかった。

 

私が梨木果歩に出会った最初の本。

 

昔から、「魔女」「妖精」「魔法」みたいな

 

目には見えない、ファンタジーなものが大好きだった。

 

ハリーポッター魔女の宅急便も好き。

 

ティンカーベルは一時私のトレードマークのようなものだった)

 

ハーブ、花、木、紅茶の香り

 

ふわりと包んで薫る。

 

鶏の鳴き声を少しうざったく感じたし、

 

おばあちゃんの穏やかな

 

「ナイ ナイ スウィーティ」も

 

ラベンダーのシーツにくるまれて深く息をつく感覚も。

 

こどもの私じゃ香りだってわからなかったはずなのに。

 

いつもパジャマで、畳の部屋に布団をしいて寝る私が、

 

カントリーな部屋のベッドにいた。

 

自分がまいになり、

 

おばあちゃんのことを心から敬愛していた。

 

 

私の祖父は1年半前に亡くなった。

 

小さな離島の漁師だった。

 

だいすき、と言ったことは一度もない。

 

私と祖父のあいことばは、

 

なんでも、「それでいいんだ」だった。

 

すべてを与えて、ゆるすひと。

 

誰かが亡くなった後は、

 

終わり、ではない。

 

喪失でもない。

 

あたたかな、別離だとおもった。

 

ほんのひとたび。また会う日まで。

 

祖父の形見分けに、本をもらった。

 

祖父の若い頃の記憶と一緒に。

 

そうしてまた、それでいいんだと

 

祖父の声が潮風と共に


穏やかにこれからも私と寄り添うのだ。

 

西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集

 

じぶんさがし

4年働いた会社をやめた。

 

社会や会社や人間関係のいろんな場面で、

 

自分を見失うときは時々あるのだろうけど

 

どんなものが好きなのか何がしたいのか

 

わからなくなって、

 

ほかの「これが好きだったかも!」と理由を探して

 

自分を繕うとすることをやめたかった。

 

もうずっと、自分と向き合わなかった。

 

気付くとお金も服も生活も体も、ほったらかしで、ぐちゃぐちゃだった。

 

日々のこと。

 

猫のこと。

 

本のこと。

 

そしてお店の準備をひとつずつわたしを探しながら

 

書きためていこうと思う。